#26-21 月に吠える
- 5月18日
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ヨルシカというバンドは2017/04/21に結成して以来数々の曲を出してきました。その中でも「左右盲」や「靴の花火」のように文学作品を基に作曲されたものがいくつか存在します。本タイトルの「月に吠える」もそれらの1つであり、萩原朔太郎の詩を基に作られています。本稿は国語力の残念な私が、自身で解釈することを諦め考察サイトを見た後に思ったことを綴ったものになります。
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悲しい月夜
ぬすつと犬めが、
くさつた波止場の月に吠えてゐる。
たましひが耳をすますと、
陰気くさい声をして、
黄いろい娘たちが合唱してゐる、
合唱してゐる、
波止場のくらい石垣で。
いつも、
なぜおれはこれなんだ、
犬よ、
青白いふしあはせの犬よ。
(意訳)
泥棒のようなみすぼらしい犬が月に向かって吠えている。その声はとても暗く、黄色い顔色をした女の子たちが波止場の石垣で合唱しているような不気味なものだ。どうして俺はお前(犬)のように不幸せなのだろうといつも思う。
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これは詩集「月に吠える」の中に掲載された「悲しい月夜という詩になります。朔太郎は自身を月に遠吠えするみすぼらしい犬と重ねています。また序章では次のように話しています。
「月に吠える犬は、自分の影に怪しみ恐れて吠えるのである。疾患する犬の心に、月は青白い幽霊のやうな不吉の謎である。犬は遠吠えをする。」
朔太郎には何か恐れるものがあったのでしょうか。
彼の心はわからないけれど、私にとっての月はきっと他者なのだろうと思います。勉学やスケートなど、日々競争を強いられる中で、常に他者との比較を通して自身の立ち位置を知覚します。自身より優秀な人を前に、己の不出来に恐れることも多々あり、特に疲れている時は他者そのものを恐れてしまうこともあります。非常に恥ずかしいことですが、、、
しかし、この他者の存在を私は心から愛しています。醜い形をした己の月影を見て初めて、変わりたいと努力をする気持ちになりますし、少しでも綺麗な影に変化したときの喜びは格別です。また、優秀な人の放つ輝きに魅了されて努力することも多々あります。
だからこそ人と生きなければいけない社会というものを、私は恨みつつも好んでおります。以上。最近微妙にスピっているような文しか思いつきません。書くか迷いましたが頭の中にとどめておくのも嫌なのでこちらに吐き出させてください。
非部員



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