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ノートブック上の2本のペン

部員日誌

或る男

11月20日、世界最高峰の自動車レース・フォーミュラワン(F1)の最終レースがアラブ首長国連邦にてアブダビGPとして開催された。その日ひとつの時代が終わったように思われた。世界的にも有名なドライバーであり、私の推しのドライバーでもあったドイツ人F1ドライバーのセバスチャン・ベッテルが15年に及ぶレース人生を終える日だったのだ。4回の世界チャンピオン、史上最年少予選1位、史上最年少優勝という輝かしい記録を残した彼は惜しまれながら引退した。そんな彼はかつて日本GPを開催する鈴鹿サーキットについてこんな言葉を残した。「鈴鹿は神によって作られたサーキットだ。」

ところで彼は神の存在をどこまで認識しているのだろうか。神が存在すると考える以上、無神論者ではなく、ドイツ出身であればおそらくキリスト教的な思考回路を持っている。つまり、ベッテル、ドイツ人は神は一人(厳密には一柱)しか存在しないはずと考えているはずである。しかし、日本人からすれば鈴鹿を作ったのも(もちろん人が作っているので形容なのだが)、劇的なレース展開も、勝利の度に微笑むのも、サッカーのゴールを守るのも、人の心を揺さぶる歌も「神」なのだ。そういう意味では日本人の方がよっぽど神を都合よくも意識している。

ベッテルは初優勝を大雨の降るイタリアのサーキットで飾った。当時はイタリアのチームであるトロロッソ(イタリア語で赤い牛=レッドブル)に在籍していたため、チームのホームサーキットでの神がかった優勝だった。強豪レッドブルレーシングの傘下トロロッソがまさか、という感じだった。競馬に例えるなら誰も投票しなかった馬がなぜか先頭を突っ走ったのだ、何馬身差もつけて。なお、私は競馬を観戦したことはないことをここで述べておく。

そして彼は2012年の最終戦にて14台抜きを披露してそのレースで上位入賞したことで僅差で3年連続のタイトルを獲得した。そんなレースこそ「神がかっている」と世の人は思うはずだ。

かつて私がオーストラリアでホームステイしていたときに英語で日本の神社を紹介したときがあった。神社はたくさんあって、神々(gods)が住んでいるんだと紹介した。私の英語が拙かったために文法ミスをしたと誤解したのだろうか、それとも各々の信条だろうか、godsじゃない、the godだ!と指摘されたことが多かった。日本のことをよく知る人は何も言わなかった。もしくは聞き流したのかもしれない。アブラハム一神教に属するキリスト教やイスラーム、ユダヤ教などは神の呼称さえ違えど、同じ一柱を指す。

しかし、日本人は八百万の神とかいうし、世界にはオリンポス12神などという文化もある。ことに日本に限っていえば徳川家康も乃木希典も神になっているし、戦没者はまとめて神にされている。

では鈴鹿サーキットを作った神と勝利の度に微笑む女神は別なのか。そもそも性別があると認識しているのが多神教の日本らしい。日本神話では最初に登場する宇宙を統べる神三柱以外は性別がある。とはいえ、そこまで考えてベッテルが「神によってつくられた」などとは言わないだろう。

2021年ベッテルは戦闘力の乏しい新興チームに移籍して2年間を戦った。隠居するつもりの移籍だったことで、彼は女性の地位向上や環境問題、LGBTQに分類される人を支持する活動をさかんに行った。それらの活動は前時代的に捉えればまるで神への挑戦だった。凝り固まった概念を覆し、多様性を推進する。そんな彼は誰よりも色鮮やかに見えた。

日本人は神をそれほど大層に考えていないのと同様にベッテルだってきっと神の話は机の上の埃くらいの存在だろう。よほど神経質にならない限り気にしない。

よっぽど彼が気にかけたのは周囲の声援だった。ちなみに私が実際にスケートの試合に出場したときには残念ながら周囲の声援なんて耳に入れる余裕がないほど必死、もしくは慌てている。でもあとでレース映像を確認すれば力強い声援がいろんな波長で飛んでいるのがはっきりとわかる。F1レーサーの場合、エンジン音のおかげで20万もの観客の歓声が一切聞こえない。しかし、レース前のイベントではドライバーのカラーに合わせてペンライトを必死に振る観客が見渡す限りにいる。そんな観客を彼は神の存在なんかよりもよっぽど大事にしていたのだ。それゆえに裏返しとして、多様なバックグラウンドを持つ人々を応援しているのだと思う。

鈴鹿で行われた今年の日本GPでは私もペンライトを振り、拍手を送り、歓声を上げ、涙を流す観客の一人になった。一つの小さな感激は20万もの大きな感動となって彼に届いただろうか。

なお、ベッテルの今年の最高順位はくしくも日本GPでの6位入賞だった。事故に巻き込まれ最下位に落ちてから10台以上を抜き去って得たポジションだった。その日は2時間の中断を挟むほどの大雨が降る秋の夕暮れであった。

 
 
 

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