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アジサイ

部員日誌

#25-53 不思議な気遣い

出町柳駅の6番ホームを出てまっすぐ進んだところにあるドラッグストアには、少し変わった店員さんがいる。


私は歯ブラシと殺虫剤を買い替えようと思って、コンビニのレジ袋を手にぶら下げたまま入店した。


「いらっしゃいませ。」


レジに並ぶとかけられた声に驚いた。ごく普通のドラッグストアのレジだというのに、まるで高級ホテルのフロントマンのような語り口だったからだ。


肩くらいの髪を後ろでくくっていて、あまり手入れはされていないようだった。柔和な目元をしていた。男性だと思う。でも女性かと思うほど柔らかい声質と話し方だった。変な人だなと思った。


「袋はいかがなさいますか」


さっき買ったレジ袋があるので、袋はいらないですと答えた。左手がうまく使えない私は袋詰めには時間がかかるけれど仕方がない。そして、彼は、私の右手にかかった袋を見た。


「よければ、お入れいたしましょうか」


丁寧な口調のままそう言われて私は狼狽えた。私もバイトでお客さんのバッグに商品を詰めたりはするけれど、ここは普通そんな対応をする店ではないはずだ。


「あ、え、いいんですか。すみませんかなり、ぱんぱんだと思うんですが」


横着して小さなレジ袋に全部を詰め込もうとしていた私はなんだか恥ずかしくなって、ごにょごにょと言い訳をした。


「ああ、いえいえ」


彼は苦笑しながら上手に袋に詰めてくれた。


「ありがとうございます」


そう言って私が袋の持ち手を掴むと、彼はにこっと笑ってこう言った。


「お大事になさってください。」


え?


なにを?薬買ったっけ?


コンマ数秒の混乱ののちに私はハッと思い至った。


ああ左手か!


左手が痺れ始めてもう半年になるが、自分の中ですっかり当然のことのようになっていて、このように声をかけてもらったことが衝撃的だった。


「あ、ありがとうございます」


若干掠れた声を絞り出して、私は半ば逃げるようにドラッグストアを去った。去り際にも、また丁寧な「またお越しくださいませ」が聞こえていた。


店という空間の中で、店員は「店員」という役割を、客は「客」という役割を演じる。だから「私」という個人は店員からは見えていないような気がする。それはそれでお店で安心できる理由なのだけど、時たま役割を飛び越えた気遣いをされるととても印象に残る。


彼はバイトであれだけ丁寧な仕事をして、辛くないのだろうか。それとも生来の気質だろうか。どちらにしても構わないが、ほんの少しだけ、左手にサポーターをつけていて良かったなと思った。そのおかげで、素敵な人の善意に触れることができたのだから。禍福は糾える縄の如し、というほどでもないけど。




絶対に氷

 
 
 

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