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#23‐01 三谷さんのbad day

高校1年の夏、私の所属する山岳部は北アルプスを縦走していた。たまたま部員数が多い時期で3つの班に分かれて水晶岳を目指すことになった。当時2年生で部長だった三谷さん(仮称)を班長に据えて私たちの班は登頂を始めた。木製のバンドの腕時計を左手に着けて、15kgを超えるザックを背負って体幹がぶれることなく進んでいく三谷さんを先頭に班員はくらいつくようにしていた。だいたい夏の登山ともなれば30分も登れば10分休憩をはさむのでその折にふと聞いてみた。

「なんで山を登っているんですか」

そこに山があるから、なんてベタな答えは返ってこなかった。曰く、自然に親しむ生活の延長線上でここにいるのだという。

彼は都会の雑踏とは言えない程度の街と自然も十分にある大阪の南部で育った人間だった。幼い頃から野山に入って自然を相手にいろいろな遊びを友だちとしたそうだ。かといって遊びほうけている訳ではなく、高校の中では学年1位の頭脳を持っていたし、宇宙開発に関わりたいと意気込んで卒業後は東大に現役で進学していった。

勉強だけしてたら思考が偏る、と言っていたのがとても印象的だった。

頭脳明晰であり、運動部の部長も務めて近畿大会にも勝ち進み、素敵な恋人もいたようだった。

傍から見れば何でも持ち合わせているような人だったし、淡々となんでもこなす姿はとても天才を具現化した存在だと思っていた。そんな彼が山の中腹で休憩している時に口ずさんでいた歌がダニエルパウターの「bad day」だった。ポップな曲調の中に少しネガティブな歌詞が絡み合うその曲はとてもイメージの中の三谷さんとは合わなかった。

休憩を終えてまた登り始めた時はその曲のことしか考えられなかった。端的に言えば矛盾でしかなかったのだ。あれから数年、私がとあるチェーン店で働くとき、バイトの人に大学名を知られた時、尊敬の目で見られたり、ハイスペックだと受け取られたりした。「すごいですね」というその一言は大学入学以降は重石になっていった。

大学の「ネームバリュー」と自分の自認する能力の乖離が周囲の期待を裏切らないか心配する友人の悩みを「そんなことないよ」と一蹴する自信がなかった。

そういう「人には分からない」悩みや重責と闘っていたからこそ、三谷さんも人知れず「bad day」と対峙していたのかもしれない。

私には自然に親しむ余裕がその時なかったんだと、それが私と彼の違いなんだと今になってようやく理解できた。雲海が下に見える水晶岳の山頂で水晶の欠片を見つけて無邪気にはしゃぐ彼が太陽に照らされて輝いて見えた。その表情は班長としての任務が一段落した安堵に満ちていたようだった。

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