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ノートブック上の2本のペン

部員日誌

#23-07 苦くない思い出

8月某日、外は肌を刺すように太陽に照らされていた。しかし、影に飢えていた私でも涼しい車の空気が耐え難かった。


半袖のスーツから色黒で筋骨隆々とした体に強面の顔を備えた教官を助手席に乗せ京都の市中を引き回しているのか、引き回されているのか分からないほどに寡黙な空間だった。


「そんな運転しとったら事故るで」と笑顔で語るものの、目は笑っていない。


彼女とのドライブを夢見て運転の練習をしていたのであり、40代の強面男性を横に据えて指導にびくびくしている現状に、そしてなかなか車に順応できない自分にうんざりしていたのだった。


しかし、いつもその教官が偶然にも私の担当になっていた。そして京都の市中をカリキュラムに則り引き回されている中、淡々と低い声で指導を受けるのはやはり楽しいものではなかった。そんな中、教官と試験前の最後の教習を終えてハンドルを譲り、私は不服にも助手席で小さくなって沈黙の時間をやり過ごそうとしていた時だった。


いちいち着替えるのが面倒だった私は教習後エプロンさえ着ければカフェのバイトに転生できるように、カッターシャツと黒のズボンを身に着けて教習を受けていたからだろう、その恰好を見て教官は尋ねてきた。


「何のバイトしてんの」


まさに青空の下、青天の霹靂といえる出来事だった。


運転以外に口を出さない彼が沈黙を回避しようと話題を振る人間だとは思っていなかったのだ。


「チェーン店のカフェで働いています、今日もこれから行くんですよ」


「そこはタバコ吸えるん」


「いやぁ、全席禁煙なんです」


実際にバイト中に喫煙できるか聞いてくる客を相手しているようで、これではだめだと、人工的な会話に切り替えることにした。


「コーヒー飲む時に吸いたいもんなんですか」


「そらな、あの組み合わせがええんよ、たまらんねん」


教官の遠くを見るような目が少しだけ微笑んでいるように見えた。


人は第一印象がすべて、とは言うがいかにも喫煙者のような顔だと勝手に納得しつつ、少し話せたことによる充足感があった。しかし同時に想像よりもずっと話しやすいのかもしれないと思うともったいなさもあった。


私はコーヒーも飲めず、たばこも吸わないが、真逆の人間二人が沈黙の空間を共有しているのも何かの縁だと感じながらもう会うことのないであろう教官に会釈をして、教習生とセミの声が混ざった灼熱の雑踏に舞い戻った。


深葉東風

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