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ノートブック上の2本のペン

部員日誌

#24-12 小指にホッチキスをぶっ刺した日

 小学校4年生のある涼しい時期のことだっただろうか、私はその頃熱中していたホッチキスの芯を一つ、また一つ折り曲げるという取るに足りないくだらない趣味に興じていた。それも授業中。思えばその頃から集中力のない人間だった。私はカチャっと音を鳴らして、空砲を打つように無駄にBの形のした、何も閉じていない針を机の上に落としては拾い、さほど器用でもない指で折り曲げていた。


 そんな手遊びは集中力の無さを示すと共に、もう一つ私の気質を表すことになった。好奇心。私の頭の中にある当時最大の感情。そんな感情から一つの疑問が芽生えた。


「ホッチキスの針と私の爪はどちらが強いのだろうか」


 今にして思えばどうしてそんなことを思ったのか、ましてやどうして自分の体で実際に試そうと思ったのか、ある退屈な授業の最中にふと疑問に思ったことを実行したくなった。しかし手元にあるのが100均の手のひらサイズのホッチキス。小学生の指をもってしても小指以外は隙間に入りそうになかった。だから私は普段紙をセットするように、小指をホッチキスにあてる。刺さらないと思った。好奇心が全面に出て、痛そうなどと考えたりしなかった。


 結果は私の脊髄反射によって永遠にお預けとなった。コの字の針の先端が小指にめり込んだところで鋭い痛みを感じ、ホッチキスを動かす手は機能を緊急停止した。その刹那、隣の席の生徒は私の方を見た。異質な人を見ている、というあの目は未だに忘れられない。その右隣の人以外に目撃者はいないようだった。そっと針を抜くと爪の真ん中から血が出ていた。やっぱり私はホッチキスの針なんか爪に刺さりっこないと思っていたのかもしれない。刺さった瞬間の驚きは教室から私と右隣の少女以外消えたように周囲を消した。この空間には私しかいない。そしてこの世にないはずのものを見ているようなぐらついた視線がこちらを覗いている。私がその視線を一瞥した時、周囲は再び現れた。ほんの短い時間のはずだ。


 何をしているのだろうという気持ちと何をやってのけたのだろうという達成感にも似た感情が心を埋めた。今まで誰もしたことのない発見をしたのではないか。でもそれはやってはいけないことではなかったのだろうか。隣の彼女の視線がそれを物語っていた。私の好奇心は超えてはならない領域に踏み込んでいたのかもしれない。小学生なりに自分の異質性を感じた。それ以来、特異的な才能とは異なる何にもならない狂気を指に刺さった針に託して、私は手始めにクラスへの適合を志した。あれから10余年、私は社会に適応できているだろうか。市販のホッチキスのようにJIS認証みたいなものがヒトにもあれば私はもっと過ごしやすかったのかもしれない。マニュアルのない人生を、就活をする今だからこそ実感する。社会への適合性では私は外れ値にならないだろうか。面接で私を落とした人事担当は私から何を見抜いたのだろうか。きっともう少し上手に蓋をしなくてはいけない。どうか私の人生が輝かしいものにならんことを。


深場東風

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