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ノートブック上の2本のペン

部員日誌

#24-13 京言葉

「いらっしゃいませどうぞー。本日、大決算セール行っております、いかがでしょうかー。」


ここ10日くらい、バイトと集中授業で朝から晩まで駆り出されていた。9時間連勤、だんだんドス黒い疲れがからだの中で質量を持ち始めているのを感じる。


ポジションは1時間で交替だけど、結局どのポジションでも立ちっぱなしだから足はぱんぱんだ。


「お待たせいたしました。お客様、袋はご入用でしょうか」


でも、楽しくないわけじゃない。初めはたどたどしかったレジも、だんだん慣れてきた。接客は猫をかぶってればいいので、普通の人間関係よりもずっと楽だと思う。


なんてこと、考えていたらミスするので、気合を入れて集中する。まだまだ新人。


「袋、結構です」


「かしこまりました。では、こちらの割れ物だけクッションペーパーでお包みいたします」


げっ。顔を顰めそうになるのをグッと堪えた。げー、わやだ。商品数が多いうえに、ワイン、瓶、割れ物だらけ。包むの、めっちゃ時間かかるんだよなあ。あの時間、気まずすぎる。仕方ないんだけどさ。


「お客さま、袋お持ちでしたらこちらでお入れいたしましょうか」


「あー、ほんとですか。お願いします」


まあ、あんまり、レジが遅くて怒るようなお客さんはうちの店には来ないし。


会計を済ませ、なんとか商品を袋につめる。んー、めちゃくちゃ社員さんが見てる。緊張する。


「お待たせいたしました、こちらお品物でございます」


苦手ながらも目を見てお渡しすると、お客さんがこっちをみながら、頭を下げてくれた。


「あ、どうもほんと、ご丁寧に。ありがとうございました」


その言葉に、お、と一瞬固まってしまった。


こんなふうに言ってくれるお客さんは、じつはあんまりいない。


「ありがとうございます!またお待ちしております」


お客さんに声をかけてもらえると、やっぱりうれしい。私は単純なたちだから、意外と、ほんとに、そういう言葉が次の1時間のガソリンになったりするのだ。バイトを始めるまでは、知らなかった。


さて、無事に労働を終え、むわっと暑い帰り道、私はぼんやりさっきの出来事を思い返していた。


「ご丁寧にありがとうございました。」


お客さんは、確かにそう言った。でもべつに、クッションペーパーで巻くのも、お客さんの袋借りて商品詰めるのも、マニュアルで、スタッフは全員やってることだ。


うわ、もしかして。


おもわず、小さな声が漏れてしまった。


あれって、もしかして、べつに褒めてなかった可能性。


京都では言葉をそのままの意味で受け取ってはいけない。


ひょっとして、あれ、私のレジが遅いってこと?


すっごい喜んで「ありがとうございます!」って言っちゃったけど。え、お客さん、怒ってた?


…いやいや。なわけ。そこまで考えて、私は頭を振った。


素直に褒めてくれたってことにしよう。疲れで思考がマイナスになってるだけだ、多分。


これから、バイトはしばらくおやすみをもらっている。帰ったら早く寝て、明日は部活までのんびりしよう。そう考えたら、ちょっと暗くなりかけた気分も吹き飛んだ。


さっきのが京言葉だったら、私はいわゆる「京言葉が通じない無敵の人」だったってことだな。それはそれでおもしろいや、なんて思いながら、夜7時にしてはあかるい空の下、私はスキップしたい気持ちで人の間をすり抜けた。


アヒル

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